世界各地でアート活動をしながら、iOSとAndroidのアプリを個人で開発している廣川政樹です。
「AIツールを使ってますか?」と聞かれると、「使ってます」と答えるより先に「どう使っているか」を説明したくなります。なぜなら、私がClaudeを使う場面は、技術系の記事でよく紹介されるケースとは少し違うからです。
コードを書く道具として使うことも当然ありますが、むしろ「アーティストとして」「グローバルに活動するクリエイターとして」使っている場面の方が、自分には発見が多かった。その話を、正直に書いてみます。
アーティストステートメントを英語で書くとき
これが最初の発見でした。
日本語でアート作品のコンセプトを書くのは、そこまで苦ではありません。でも、海外のギャラリーやコンペに提出するアーティストステートメントを英語で書くとなると、まったく別の話になります。直訳では伝わらないどころか、むしろ伝わり方が変わってしまう。
Claudeに試したのは、まず日本語でコンセプトをそのまま話しかけるように書き出すことでした。「このシリーズは、スマートフォンの壁紙というきわめて個人的な空間に、見知らぬ誰かの感情と共鳴できる余白を作りたいと思って始めた」という感じで。
返ってくる英語は、直訳ではなく「この文脈で英語圏の文化でどう表現されるか」を考えた言葉でした。"a liminal space for resonance" という表現を提案されたとき、私がやっていることをそれ以上でも以下でもなく言い表しているように感じて、少し驚きました。
もちろん最終的には自分で手を入れますが、ゼロから英語で書き出す心理的ハードルが、劇的に下がりました。
アプリのApp Store説明文を多言語で準備するとき
個人開発者あるあるというか、私自身が長年悩んでいたことですが、App Store の説明文の多言語対応は本当に大変です。英語・日本語だけでもそれなりの作業なのに、フランス語・ドイツ語・スペイン語と広げていくと、単純作業の量が爆発します。
ここでClaudeを使うようになったのは、「翻訳してもらう」というよりは「現地の読者に伝わる文体に調整してもらう」感覚でした。
最初に日本語の説明文を書きます。次に英語版を自分で書く。そしてClaudeに「この英語文を、ドイツのApp Storeユーザーが自然に読める表現に調整してほしい、ヒーリング系の壁紙アプリなのでトーンはおだやかに」と頼む。
機械翻訳との違いは、このトーン指定が効くところです。「おだやかに」という指示が、単語選びや文の切り方に反映されてくる。全言語を完璧に仕上げる自信はまだないですが、以前よりずっと心を込めた多言語対応ができるようになりました。
コードのリファクタリングで「なぜこう書いているか」を思い出すとき
個人開発の厄介なところのひとつが、半年前の自分が書いたコードの意図が分からなくなることです。コメントが足りなかったり、そもそも急いで書いたコードだったりします。
「このSwiftのコードは何をやっているか、10年後の自分が読んでも分かるように説明して」とClaudeに頼むことが増えました。
意外だったのは、説明してもらううちに、自分のコードに気づいていなかった問題点が見えてくることがあることです。「この部分は〇〇という理由でこう動いていますが、△△の場合はエラーになる可能性があります」という指摘が来たとき、確かに数ヶ月前に似たバグで悩んでいたことを思い出しました。
コードレビューを頼める同僚がいない個人開発者にとって、これはかなり助かっています。Claudeが完璧かというとそんなことはなくて、誤った指摘もありますが、少なくとも「もう一人の目」として機能してくれます。
アート作品のシリーズコンセプトを言語化するとき
制作中、頭の中にはたくさんのアイデアや意図が渦巻いているのに、それを言語化しようとすると霧散してしまう経験、ないでしょうか。
制作中にメモした断片的なキーワードや感覚をそのままClaudeに投げることを試みました。「暗闇の中の光、でもそれは希望じゃなくて孤独、デジタルと自然の境界が消えるところ、静寂、壁紙という名前のキャンバス」という感じで。
「これらのキーワードから、どういうコンセプトが見えますか?いくつかの解釈を出してもらえますか?」と聞くと、自分が意識していなかった側面を含む言語化が返ってくることがあります。「違います」「それに近いですが、もう少し〇〇寄りです」と返しながら会話していくうちに、自分でも気づいていなかったコンセプトの核心に近づいていけます。
これは創作の代替ではなく、自分の内側にあるものを掘り出す補助として機能しています。
グローバルな活動の文脈で「伝え方」を考えるとき
アート活動を世界各地で続けていると、同じ作品でも、提示する文化圏によって「どこを強調するか」が変わってくる実感があります。
日本のギャラリーで話すコンテキストと、ヨーロッパでのトークイベントで話すコンテキストは違います。日本では「壁紙」という日常的なモバイル文化の中での作品という文脈が伝わりやすい。でも海外では「スクリーンという現代人の精神空間」という文脈で語った方が響くかもしれありません。
Claudeに「この作品を、〇〇文化圏の観客に向けて説明するとしたら、どのような文脈で伝えると理解されやすいですか?」と聞くようになりました。これが100%正確かは分かりませんが、少なくとも自分が考えていなかった角度からのヒントになります。
5つの使い方を通じて見えてきたこと
使っていて感じるのは、Claudeは「正解を教えてくれるツール」よりも「一緒に考える場所」として機能するときに、一番力を発揮するということです。
特にクリエイティブな仕事では、答えがあらかじめ決まっていないことがほとんどです。「こう作りたい」という方向性はあっても、その最適な表現はまだ見つかっていありません。そういうプロセスの中で、Claudeはよい対話相手になります。
一方で、Claudeが出したものをそのまま使うと「自分の作品ではなくなる」という感覚が生じます。使い始めた頃から意識していて、今でもそこには気をつけています。あくまで自分の発想の延長線上で使うこと、最後の判断は自分がすること。そのスタンスで使う限り、アーティストとしての仕事を邪魔するツールではなく、仕事を広げるパートナーになれると思っています。
Claude の無料版と Pro の違いについての正直な比較も、参考になるかもしれません。また、定期的な作業を Claude に任せたいと思ったら、Cowork スケジュールタスク入門もあわせて読んでみてください。