受託でお作りしたサイトのプロフィール文を、公開の前夜にもう一度見ていただこうとしたときのことでした。「誤字がないか校正してください」とだけ書いて本文を貼り付けましたところ、返ってきたのは誤字の一覧ではなく、きれいに整えられた別の文章でした。
読んでみますと、たしかに滑らかです。ただ、依頼主の方が「〜しております」と書いていらした箇所が「〜しています」に置き換わり、二文に分けて余白を作ってあった段落が、一文にまとめられておりました。
意味はほとんど変わりません。それでも、その方の文章ではなくなっていました。
最初のうち、私は返ってきた文章のほうが読みやすいので、そのまま採用しておりました。数日たって読み返したときに、どこまでが依頼主の言葉だったのか思い出せなくなったことが、何度かあります。直してよい範囲は、頼む側が先に決めます。 いまはこの一点だけを、原稿の種類にかかわらず守るようにしております。
「校正して」という言葉が、思っていたより広かったのです
誤字脱字の発見、送り仮名や表記ゆれの統一、文法の修正、読みやすさの改善、そして段落構成の組み替え——日本語ではこれらのどれもが「校正」と呼ばれます。頼む側の頭のなかでは「誤字だけ」でも、言葉そのものはそこまで狭くありません。
ですので、範囲を言わずに頼めば、いちばん親切な方向に寄ります。つまり、全部やってくれるのです。
勝手に書き換えられている、と感じていた出来事の大半は、私が範囲を伝えていなかっただけでした。ここに気づいてから、指示に足す言葉が「もっと丁寧に」ではなく「どこまで」に変わりました。
なお、これは日本語に限った話ではありません。個人開発で長く続けているアプリのストア説明文を多言語に展開するときも、同じことが起きます。ただ日本語は敬体と常体、丁重語の厚み、語尾の選択に書き手の性格が出やすいぶん、置き換えられたときの違和感が大きいのだと思います。
出力の形を先に固定します
いちばん効いたのは、丁寧なお願いではなく、出力の形を指定する一行でした。
次の文章を校正してください。
【出力の形】
本文は出力しないでください。指摘だけを、次の列を持つ表で返してください。
- 番号
- 原文(該当箇所だけを抜き出す)
- 種別(誤字 / 送り仮名 / 表記ゆれ / 文法 / その他)
- 理由
- 代案
【対象】
(ここに本文を貼ります)本文を出力させると、そこから先は「直した版を作る」作業になります。指摘だけを返す形にしておけば、直すかどうかの判断は自分の手元に残ります。作業の中身は、お願いの丁寧さではなく出力の形が決めていました。
返ってくるのは、こんな表です。
| 番号 | 原文 | 種別 | 理由 | 代案 |
| 1 | お問合せ | 送り仮名 | 送り仮名が省略されています | お問い合わせ |
| 2 | 1つ1つ | 表記ゆれ | 本文内で「一つひとつ」と混在 | 一つひとつ |「本文は出力しないでください」の一行を足してから、私の手元では全文が置き換わって戻ってくることがほぼなくなりました。
触ってよい階層を、三つに分けて宣言します
とはいえ「何も直さないでください」では、直してほしい誤字まで残ります。そこで、直しの対象を三つの階層に分け、それぞれの既定の扱いを先に決めておくようにしました。
| 階層 | 含まれるもの | 既定の扱い |
|---|---|---|
| 表記 | 誤字脱字、送り仮名、半角と全角、数字とアルファベットの書き方 | 直していただく |
| 語彙 | 言い換え、重複した語の整理、冗長な修飾 | 代案だけ挙げていただく |
| 文構造 | 語尾、語順、文の分割と結合、段落の順序 | 触らないでいただく |
指示に足すのは、次の四行です。
【触ってよい範囲】
- 表記(誤字脱字・送り仮名・半角全角・数字表記)は直してよいです。
- 語彙(言い換え・重複の整理)は代案だけ挙げてください。採否は私が決めます。
- 文構造(語尾・語順・文の分割結合・段落の順序)には触れないでください。三つに分ける理由は、二択だと必ずどちらかが不便になるからです。全部任せると文章の持ち主が変わり、全部断ると誤字が残ります。表記は任せて、構造は守っていただく——この境目が、私の手元ではいちばん納得のいく線でした。
直す例と直さない例を、一組だけ見せます
「丁寧な文体を保ってください」と言葉で伝えても、丁寧さの解釈は人によって違います。私が「〜しております」を丁重さとして選んでいても、冗長な言い回しとして読まれることがあるのです。
ここは、説明より例のほうが早く伝わりました。
【文体の例】
直す: 「お問合せ」→「お問い合わせ」(送り仮名の統一)
直さない:「〜しております」→「〜しています」(丁重さは意図したものです)たった二行ですが、これを足してから、語尾の置き換えが指摘として上がってくることがなくなりました。
例に選ぶのは、過去にいちばん直されて困ったものにします。私の場合は語尾でしたが、書き手によっては読点の打ち方だったり、体言止めだったりするはずです。一組で足りなければ二組まで。三組を超えると、今度は例に引きずられて指摘が減っていきます。
戻ってきたものを、受け取る前に数えます
指摘の表を読み始める前に、二つだけ確かめるようにしております。段落の数と文の数が変わっていないか。そして語尾の分布が変わっていないか。
コードを書かない方であれば、エディタやワープロの検索機能で「ます。」「です。」「ております。」の件数を見るだけで十分です。校正の前後で件数が大きく動いていれば、文構造に手が入っています。
手元で数えたい場合は、短い処理でも足ります。
import re
from pathlib import Path
# 長い表現から先に照合します(「ております。」を「ます。」より先に置く)
ENDINGS = ["ております。", "ています。", "ました。", "ません。", "ます。", "です。"]
def ending_counts(text: str) -> dict:
"""文末表現の出現回数を数えます。校正の前後で比べるために使います。"""
sentences = [s.strip() for s in re.split(r"(?<=。)", text) if s.strip()]
counts = {e: 0 for e in ENDINGS}
counts["総文数"] = len(sentences)
for sentence in sentences:
for ending in ENDINGS:
if sentence.endswith(ending):
counts[ending] += 1
break
return counts
before = ending_counts(Path("draft_before.txt").read_text(encoding="utf-8"))
after = ending_counts(Path("draft_after.txt").read_text(encoding="utf-8"))
for key in before:
if before[key] != after[key]:
print(f"{key}: {before[key]} → {after[key]}")出力はこのような形になります。
ております。: 6 → 1
ています。: 3 → 8
総文数: 41 → 36この三行が出た時点で、それは校正ではなく書き直しです。指摘を一件ずつ読む前に気づけますので、無駄な検討を省けます。
数える対象は、ご自分の癖に合わせて入れ替えていただければと思います。私は「ております。」を最初に置いておりますが、体言止めを多く使う方であれば、句点で終わらない行の数を数えるほうが早いはずです。
なお、どのモデルに頼むかで指摘の細かさは変わります。短い文書の表記チェックであれば軽いモデルで十分に足りますので、そのあたりの割り当ての考え方はClaude Sonnet 4.6 と Opus 4.6 の使い分け — タスク別の実体験ベース選択ガイドに書き残しております。書き手の文体を保ったまま複数言語へ広げる話は、Claude API で多言語レビュー返信を自動化した実装ログのほうが近いかと思います。
まずは一段落だけ、本文を出力しない形で指摘を受け取ってみていただければと思います。段落ひとつなら、戻ってきた指摘を全部読んでも数分です。そこで「この指摘は要らない」と感じたものが、次に足す一行になります。
私自身、受託の原稿を前にして、どこまで任せるかでいまも迷うことがあります。同じように自分の言葉を残したいと考えていらっしゃる方に、ひと言でもお役に立てば嬉しく思います。お読みくださり、ありがとうございました。